10式戦車は2010年に制式化された陸上自衛隊の4世代目の主力戦車で、一般的には戦後第3.5世代主力戦車に分類される。読み方は「ひとまるしき」と読む。制式化以前はTK-Xの通称で呼ばれていた。
4両の試作車が製作され、2006年1月に試作1号車が納入されており、2008年2月13日に試作2号車が初めて報道陣に公開された。 今までの陸自でもっとも新しい戦車は90式戦車だったが、これはほとんどが北海道に配備されており、それ以外では富士教導団にしか配備されていない。そのため本州の主力戦車は実質一世代前の74式戦車であり、これに代わる40tクラスの軽量戦車が待ち望まれていた。そうして「現有戦車の後継として、ライフサイクル・コストを含めた経費を抑制しつつ、火力・防護力・機動力等の向上を図るとともに、IT革命に対応した高度なC4I連接(ネットワーク化)による情報共有・指揮統制能力を付加させた新戦車を開発する。」と言うコンセプトで開発されてきた10式戦車は、民生部品の多用などでコストを抑えつつ大胆な軽量化やこれらの能力を実現させるという非常に野心的な設計であると言えよう。 開発は将来火砲・弾薬や将来車両装置の試作研究という形で1996年から開始され、2002〜2008年にかけて各種試作が行われた。2010年から三菱重工にて量産が開始されており、2012年3月30日までに初年度調達分13両が納入され、毎年同様のペースで順次部隊配備が進められている。 ▲戦車教導隊第1中隊に配備された10式戦車 開発費は484億円で、一両あたりの目標価格は約7億円と言われており、現行の90式戦車が8億円程度と言うことを考えると相当安価であると言える。調達初年度の1両当たりの単価は約9.5億円で、90式戦車の初期調達価格が11億円だったことを考えると、10式戦車の価格は比較的抑えられていると言えるだろう。 なお、試作1号車は陸上自衛隊朝霞広報センターにて、試作2号車は土浦の武器学校、ドーザーを装備した試作3号車は富士学校に展示されており、試作4号車は防衛省技術研究本部の陸上装備研究所が保有している。なお、派生型の11式装軌車回収車の試作車はこれとは別に作られている。 ▲2008年に初公開された試作2号車 戦略的機動性 ▲砲塔側面のモジュール装甲を取り外した状態 10式戦車の最大の特徴といえるのがその重量で、全備重量43.3tと一般的な第三世代戦車と比べ10t以上軽く、米国のM1A2SEPと比べるとなんと20tも軽い。これに加え取り外しの容易な外装式モジュール装甲を採用しており、これを全て取り外すと40t程度となる。 90式戦車も世界的に見ればかなり軽量な第三世代戦車なのだが、重量が50tあるため輸送には車体と砲塔を分離して運ぶか、数の少ない特大型運搬車を用いる必要があり、国内での輸送には難があった。しかし10式戦車ではモジュール装甲を取り外すだけで特に分解などせずに、74式戦車の輸送に使われる73式特大型セミトレーラや有事に数を揃えやすい民間の大型トレーラーでの輸送が可能となるため、戦略的な機動性が大幅に向上している。 ▲90式戦車と特大型運搬車 防御性能 ▲90式戦車と10式戦車 砲塔正面は90式戦車のような垂直な装甲ではなくレオパルド2A6のような楔形の装甲モジュールが配置されており、これはレオパルト2A6と同様に空間装甲モジュールとなっているとみられる。それに加え砲塔側面にもモジュール装甲が装備され、側面の防御力が向上している。 砲塔側面のモジュールは現状ではフランスのルクレールと同様に雑具収納箱を兼ねた中空装甲になっており、対戦車ロケット弾による攻撃を意識したものと思われる。防衛省技術研究本部では10式戦車の装甲を開発する際にロシアから購入したRPG-7対戦車ロケット弾による耐弾試験を行っており、正面だけでなく砲塔側面もこれに耐えられるレベルであると予想される。 ▲側面モジュールにはアクセスドアが多数配置されている また、後部のバスケットは90式戦車と比較して二回りほど大きくなっているが、これも対戦車ロケット対策のスラット装甲としての機能を持たせているためとされる。 近年では市街地戦闘の増加によってゲリラなどによるRPG-7攻撃が脅威となっており、今までのように正面だけでなく全方位からの攻撃が想定されるようになった。そのため世界各国の戦車ではこれに対抗できる全周防御がトレンドとなりつつあるが、10式戦車でもその点が考慮されたということである。現在配備されている車両は43.3tだが、モジュラー装甲を全て装備すると最大で48tになるとされる。予想であるが、これはおそらくルクレールAZURのような車体側面用の増加装甲で、側面からのRPG攻撃に対処することが出来るようになる物と思われる。 また、10式戦車はIRステルスについても考慮されているとされ、その1つとして車体側面スカートの下にゴム製スカートを装備しており、赤外線の放出を抑える効果があるとされる。 センサー&車両電子機器 ▲車長、砲手用ディスプレイ ▲視察装置等の配置 砲手用サイトは可視光およびIRカメラが搭載されており、従来は接眼式だけだった照準器もタッチパネル式大型ディスプレイとなり、射撃ボタンだけでなく画面をタッチし直接ターゲットに攻撃指示を出せるという。車長用のサイトはルクレールのような360度見渡せるタイプとなり、画像が車内ディスプレイに表示される。目標の捜索だけでなく照準も可能で、砲手の目標をオーバーライドすることも可能とされる。また、主力戦車としては世界で初めて視察照準系にハイビジョンカメラを採用した。 ▲砲手用サイト ▲車長用サイト 砲塔の四隅には3つの窓を持つレーザー検知装置が装備されている。90式戦車のレーザー検知装置では前方180°しか検知することが出なかったが、10式戦車では全周囲からのレーザー照射を検知する事が可能となっている。 ▲レーザー検知装置と側面モジュール上の発煙弾発射機 搭載されているものは、米国のGoodrich社のModel301MGと呼ばれるレーザー警戒システムで、同社が製造しているヘリコプター用のAN/AVR-2Bの車両版と思われる。このシステムはレーザー測距装置、セミアクティブレーザー誘導用レーザー、及びレーザービームライディング誘導用レーザーに対応しており、360°範囲のレーザー照射方向を±1°という高精度で検知し、車内のディスプレイ及び警報音で搭乗員に知らせる。3つの窓があるのは各種レーザー種別及び波長に対応するためである。砲塔側面前部には発煙弾発射機が搭載されており、90式戦車同様レーザー検知装置と連動して動作させることが可能とみられる。 ▲Model301MGレーザー警戒システム 操縦手用に操縦手用ペリスコープ横に1基、車体前面に1基のカメラが装備され、車体後部に取り付けられたカメラと共に映像をモニターで見ながら操縦出来るようになり、操縦性が大幅に向上している。通常カバーが掛けられているペリスコープ横のものが赤外線暗視カメラと思われ、車体前面のカメラはペリスコープの死角を補うためのものとみられる。ちなみに90式戦車では夜間は操縦手は暗視ゴーグルを使用して操縦しなければならなかった。 ▲車両前後に搭載された操縦手用カメラ 砲塔の後部には起倒式の環境センサーが搭載されており、風速、風向、気圧、および気温を測定し弾道コンピュータに送ることで射撃精度の向上を図っている。なお、搭載されているのはフランスのTHALES社製のMetsmanと呼ばれるモデルである。 ▲砲塔の後部の環境センサー 火砲 90式に引き続き自動装填装置を採用しているのだが、従来の物より進んだ物が搭載されており、砲に若干の仰角がある状態でも装填出来るようになっている。砲塔防盾右側には砲口照合装置の送受信部が取り付けられており、砲身先端部の砲口照合用ミラーにレーザーを照射して砲身の歪みを測定する。 ▲日本製鋼所製120mm滑腔砲 砲身は国産だがNATO標準規格であり、90式戦車と同じAPFSDS弾、多目的HEAT弾が使用可能で、ラインメタルの最新型APFSDS弾であり、より強力な装薬をを持つDM53等も使用可能とされる。 90式戦車では現在対戦車用砲弾としてドイツ製のDM33をライセンス生産したJM33というAPFSDS弾薬を使用しているが、この弾薬は既に旧式化しており、現代の技術なら105mm砲でも達成可能なレベルの威力しかない。例を挙げるとDM33の装甲貫徹力は距離2kmで460mm程度であるが、ベルギーで開発された最新の105mm砲用APFSDSであるM1060A3は距離2kmで450〜500mmの装甲貫徹力を有している。 ▲10式120mm装弾筒付翼安定徹甲弾 そこで10式戦車専用弾として新規開発されたのが10式120mm装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)である。以前は徹甲弾V型という名称で開発されていたもので、新型120mm滑腔砲に合わせ、DM53と同様に装薬の強化により初速が上昇していると思われる。また、弾心は従来のDM33と比べより細長くなっており、DM53に近い外観となっている。DM53は44口径砲で射撃した場合、距離2kmで600mm程度の装甲貫徹力を有しており、10式APFSDSも同等の装甲貫徹力があると推定される。 ▲断面図及び主要諸元 榴弾として90式から引き続き、ラインメタルのDM12をライセンス生産したJM12を使用する他、演習弾として00式120mm戦車砲用演習弾を使用する。また、今まで無かった120mm滑腔砲用の空包も合わせて開発され、2012年から駐屯地記念行事などで90式戦車や10式戦車の空包射撃が披露されている。 副武装として砲塔上面に12.7mm重機関銃M2、防盾部には主砲同軸に74式車載7.62mm機関銃が装備されており、その上には砲手用直接照準眼鏡がある。 ▲主砲同軸の7.62mm機関銃 駆動系 エンジンには新開発の1200馬力のV型8気筒4サイクル水冷ディーゼルエンジンが採用された。このエンジンには電子制御式ユニットインジェクタや可変ノズル排気ターボ過給機、セラミックスコーティングといった最新技術が惜しげもなく導入されており、小型軽量ながら大出力を実現している。これに加えトランスミッションには主力戦車としては世界初のハイドロメカニカル式無段変速機(HMT)が導入され、これによりあらゆる回転域で最適な変速比を得ることが可能となり、エンジンからの伝達効率が大幅に向上している。10式戦車のHMTは3速の有段変速と油圧式無段変速を組み合わせたものとなっている。 ▲HMTは従来より高い伝達効率を持つことが分かる (防衛省技術研究本部の評価資料より) 90式戦車と比べると気筒数の減少によりエンジン出力は減っているが、車体重量が減っているおかげで出力重量比は27.7hp/tを実現している。これはフランスのルクレールやドイツのレオパルト2A4と同等の値であり、世界的に見ても高い数値である。仮に増加装甲によって50t程度となってしまった場合でも、出力重量比は24hp/tとレオパルト2A6Mや米国のM1A2SEPと同等かそれ以上であり、機動性には問題ない物と考えて良いだろう。そして前述の新技術によって伝達効率が上昇しているため、同じ出力重量比でも重量あたりのスプロケット出力は格段に向上しているとされており、機動性は従来より高くなっていると考えてまず間違いないだろう。 前進時の最高速度は90式戦車と同等の70km/hとなっているが、10式戦車では後進においても70km/hの速度を出すことが可能となっている。(90式戦車は50km/h程度) ▲車体中央がラジエータ用排気口、その横がエンジン排気口 左端カバー下がAPU用排気口 また、車体左後方には90式戦車にはなかったAPU(補助動力装置)が搭載されており、増大した電子機器の電力を賄うものと見られ、待機時の燃料消費が抑えられている。APUの搭載は最近の戦車のトレンドであり、米国のM1もM1A1から外付けで搭載し、M1A2SEPでは内蔵化されており、ドイツのレオパルト2も最新のA7+にて搭載されている。 油気圧懸架装置 パッシブ式ではあるが懸架装置の性能は従来より向上しており、試作車ではモジュール装甲を外した軽量な状態でも安定した射撃を行っている。H24年度の富士総合火力演習に参加し、従来は出来なかったスラローム走行をしながら射撃を行うなど、高度な射撃性能を披露している。 ▲試験射撃を行う10式戦車 ▲スラローム射撃を行う10式戦車 バリエーション 11式装軌車回収車 11式装軌車回収車は10式戦車の車体を流用した回収車で、10式戦車の導入に合わせ、78式戦車回収車の後継として開発された。2013年3月に初年度調達分の1両が納入され、4月7日の駒門駐屯地記念行事にて初公開された。その名の通り戦車だけでなく他の装軌車の回収も行うことから、戦車回収車ではなく装軌車回収車という名称になっている。略称は11CVR(Crawler Vehicle Recovery)。 基本的なレイアウトは90式戦車回収車と同様となっているが、10式戦車と同じ構成品が使用されているなど細部が異なる。車体正面に取り付けられた油圧ウインチは、路外に転落したり、スタックした車両などの回収に使用されるもので、使用時以外はカバーが取り付けられている。ウインチでの牽引時は車体中央に搭載されているスナッチブロック(滑車)を使用し、ダブルラインで使用することで10式戦車の重量に対応する45tの牽引が可能となる。スナッチブロックはドイツのROTZLER社製で、500kN(約51t)まで対応可能なものであり、この事からウインチ単体の牽引能力は23〜25tと推定される。 また、車体後部のフックに車体後部上面に搭載されているトーバー(牽引棒)を接続して牽引走行することが可能である。車体右に取り付けられたクレーンは加藤製作所製で、23tの吊り上げ能力を有し、戦車のパワーパックの交換などの際に使用される。車体後方のエンジンデッキの上にはパワーパックを輸送するための架台も備える。車体後部には従来は無かったアウトリガーが追加されており、クレーン使用時やウインチによる牽引時の安定性が向上しているものとみられる。 自衛用にM2 12.7mm機関銃及び車体前方に76mm発煙弾発射機を備え、発煙弾発射機の脇には10式戦車と同様のものとみられるレーザー検知装置が搭載されているが、前面の2箇所のみであり、10式戦車のように360度検知することは出来ない。10式戦車同様に操縦用外部カメラが搭載されており、正面、後部、右前方の計3ヶ所に取り付けられている。右前方のカメラはクレーン操作用とみられる。ちなみに車体前面のドーザーは基本的に排土作業用ではなく、ウインチ使用時にスペード(駐鋤)として地面に食い込ませ、牽引時に自車が動かないようにするために使用される。乗員4名、重量44.4t、全長9.1m、全幅3.4m、全高2.6m。 スペック
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