ユーロファイター タイフーンはイギリス、イタリア、スペイン、ドイツが共同で設置したユーロファイター社によって開発された第四世代戦闘機で、トーネードの後継にあたるマルチロールファイターである。以前はEF-2000と呼ばれていたが、1998年に輸出用にタイフーンという名称が付けられ、現在では愛称となっている。 1980年にフランス・西ドイツ・イギリスによってヨーロッパ戦闘機計画(ECA)が開始されその後一度挫折したものの、1983年にイタリアとスペインも加わって将来ヨーロッパ戦闘機(FEFA)計画として再開、その翌年にヨーロッパ戦闘機(EFA)計画と名称変更され開発が続けられた。 しかし1985年にフランスが運用要求の違いにより計画から脱退し、独自に戦闘機を開発することとなり、残った4カ国で開発が続けられる事となる。フランスは後にEFAで得たデータをもとにラファールを開発しており、形状が何となく似ているのはこのためである。その後東西ドイツ統一や開発の遅延により資金不足となり一時白紙撤回されそうになったのだが、この計画には既に巨額の資金が投入されており撤回するにしては時既に遅しということで、1992年にEFAからEF2000計画に名前を変えて開発が継続された。 1994年に初号機が初飛行し、2003年から初期生産型で空対空戦闘型のトランシェ1が引き渡されており、2005年からは対地攻撃能力を有するトランシェ2の生産が開始され、2007年からイギリス空軍に引き渡されている。現在開発中のトランシェ3では、フェイズド・アレイ・レーダーなどの搭載によりさらに高い攻撃能力を持つようになると言われている。 機体構成 機体は主翼にデルタ翼と前翼としてコクピット前方に全遊動式のカナード翼(先尾翼)がある、クロースカップルドデルタと呼ばれる機体構成となっている。1960年代にサーブ・ビゲンから採用されたクロースカップルドデルタは、カナードからの渦流が主翼上面を通り抜けることにより、より大きな揚力を発生させることで低速時や大迎え角時に主翼の失速を遅らせ、補助翼や垂直尾翼の効きの低下を遅らせるという利点がある。そのため従来の翼面形に比べSTOL性能や機動性に優れている。 STOL性能に関しては離陸に必要な距離は300m、着陸は600mで可能で、700mの滑走路があれば運用が可能だという。F-15などでは1500m級の滑走路が必要であると言うことを考えると、タイフーンはかなり優秀なSTOL性能を持つと言えよう。 ▲サーブJA37ビゲン、JAS39グリペン、ダッソー ラファール 航空機にとって安定性と運動性能というのは言わばトレードオフなので、運動性能を高めるために最近の戦闘機は空力学的に不安定な形状になっている。特にタイフーンのようなクロースカップルドデルタ機では顕著で、それをコンピュータ制御によるフライ・バイ・ワイヤによって安定飛行させることで逆に高い運動性を得ている。 ▲他機種と比べても優れた旋回率を有する タイフーンでは4重のデジタルフライバイワイヤと8基のCPUで制御されており、これによってケアフリーハンドリングと呼ばれる操縦システムが実現されている。 これは、例えば通常ではパイロットが何も考えずに無茶な操縦を行った場合ストール(失速)やスピン、オーバーGなど機体に過剰な負荷が掛かり危険な状態になってしまうことがあるのだが、ケアフリーハンドリングではコンピュータが速度、高度、形態、バランス、機体負荷といった飛行パラメーターを常に認識し、操縦に対する機体反応を制限することで、このような危険な状態を発生しないようにし、どのような場合でも最適な旋回率を維持できるよう機体をコントロールする。 また、自動低速回復システム(ALRS)を搭載しており、速度が危険なレベルまで低下しそうになった場合、警告を発し、それでも加速しなかった場合は自動的に加速する。 さらに、ボタン一つで機体を水平状態に戻す機能もあるため、パイロットがバーティゴ(空間識失調)などに陥ってしまっても即座に安全な状態に保つことが出来るだろう。 ところで人間の限界は9G程度までと言われているが、それでも短時間の機動が限界であった。タイフーンではパイロットが着るGスーツ、加圧呼吸装置も新規開発されパイロットは長時間9Gの機動に耐えることが出来るようになり、ケアフリーハンドリングにより機体、パイロット共に長時間の高機動戦闘が可能となった。 機体構造はCFRP(炭素繊維強化プラスチック)、GFRP(ガラス繊維強化プラスチック)、アルミニウム、チタン等から構成されている。特にCFRPは機体構造の70%、機体重量の約40%を占めており、逆に金属材料は15%程度しか使用されておらず、機体の軽量化に大きく貢献している。また、主翼付け根に搭載するCFTも開発中であり、計3000Lの燃料を追加搭載することが出来るようになると言う。 ▲開発中のCFT コクピット
コクピットには広視野(35度×35度)のホログラフィック式HUDと3基のアクティブ・マトリックス式液晶表示装置による多機能ディスプレイを搭載する。 多機能ディスプレイにはシステム情報、武器情報、デジタルマップ、レーザー目標指示ポッド出力、PIRATE FLIR画像、DASS(防御支援サブシステム)情報などが表示できる。 タイフーンにはIDH(統合表示ヘルメット)と呼ばれるヘルメット表示照準システムも備わっており、HUDと同じようにヘルメットのバイザーに情報が投影される。ヘルメットの動きは光学式モーショントラッキングシステムによって検知され、パイロットが目標の方向を向くだけでFCSが連動し自動的に目標をロックオンする。これにより高いオフボアサイト能力を持つ次世代短距離空対空ミサイルにも対応する。ヘルメットの両脇には第3世代ナイトビジョンが装着可能で、昼夜問わず全天候でパイロットは良好な視界を得ることが出来る。 DVIと呼ばれる音声認識システムも備えており、約200の語の語彙と95%以上の認識率を持ち、例えば燃料の状態などシステム情報を音声で問い合わせることができ、音声で回答が得られる。他にもレーダーモードの変更や無線機の選択などそれほど重要でない26のタスクを音声によって行うことが出来る。勿論音声認識を使用しなくても操作は可能だが、音声認識を使用することでパイロットの負担を減らす事が出来るという。 航法システムにはLN-93EFリングレーザージャイロによるINS(慣性航法システム)とGPS(全地球測位システム)、TERPROM(航法用地形プロファイル・マッチング・システム)から成り立っている。 TERPROMはマイクロ波を利用した電波高度計から地形情報を読み取り、あらかじめコンピュータにセットしてある地形情報と照合することで設定された経路に沿って飛行するシステムである。 シートはマーティンベーカー製MK-16A射出座席を備えており、高度ゼロ、速度ゼロからでも脱出できる、いわゆるゼロゼロ射出座席である。脱出後30分の緊急酸素供給が行われる。 エンジン
▲EJ200ターボファンエンジン エンジンはロールス・ロイス 、イタリアのアヴィオ、スペインのITP、ドイツのMTUから構成される合弁企業ユーロジェットにより開発された、EJ200ターボファンエンジンを二基搭載する。このエンジンは低圧3段、高圧5段の圧縮機と、低圧、高圧各1段のタービンを有し、圧縮比26で、バイパス比が0.4:1と非常に低いため、ターボジェットエンジンに近い高速飛行に適した特性を持っている。 推力はドライ時60kN、A/B時90kNと、F-15などに搭載されているF100-PW-100よりも低いのだが、重量はF100の60%程度である990kgしかなく、これにより推力重量比9.2を達成している。推力重量比はエンジンの性能を表す指標と一つとして見られるが、F-15のF100で7.8、F-22のF119でも9.0であり、EJ200の9.2と言う値は世界的に見てもトップクラスの性能を持っていると言えるだろう。このEJ200と、CFRPを多用し軽量化された機体とが合わさって優れた加速性能を生み出している。 ▲他機種との加速性能の比較 これらの要素によりタイフーンではアフターバーナーを使わずに超音速巡航が可能となり、長時間の超音速飛行が可能となった。この能力はスーパークルーズと呼ばれており、タイフーンではアフターバーナー無しで空対空ミサイル6発のみ装備時マッハ1.5、全備重量時でもマッハ1.3での飛行が可能である。 EJ200は将来的にはさらなるエンジン出力の増加や、三次元推力変更ノズルの搭載なども考えられているという。 レーダー このレーダーはF/A-18に搭載されるAPG-65の2倍の出力を持つ強力なレーダーで、戦闘機サイズで160km、輸送機サイズで370kmで探知し、20個の目標を同時追尾出来るという。基本は長距離空対空、短距離空対空、空対地の3モードで、さらにいくつかの細かなモードがある。 空対地モードでは、リアル・ビーム・マッピング(RBM)、地上移動目標識別(GMTI)、地形回避(TA)、合成開口レーダー(SAR)などを有している。合成開口レーダー(SAR)モードは三次元地図画像を作り出す機能で、CAPTORでは初期の物で解像度が1m、後期型(トランシェ2以降)で解像度0.3m、と非常に高精細なグラウンドマッピングが可能。 CAPTORは従来型の機械動作式アンテナのレーダーだが、これの後継となる「CAPTOR-E」と呼ばれるアクティブ・フェイズド・アレイ・レーダーも開発されている。 ▲CAPTOR-E ▲赤色が一般的なAESAレーダー、緑色がCAPTOR-Eの捜索範囲 2007年にはCAPTORのフロントエンドをAESA化したCAESAR(Capter AESA Radar)と呼ばれるデモンストレーターを機体に搭載し飛行試験を行っており、2013年6月にはトランシェ3Aの機体にCAPTOR-Eの試験搭載を開始、2013年末に飛行試験を行う予定で、最終的には2015年実用化予定となっている。CAPTOR-Eの登場に伴い、従来の機械走査型CAPTORはCAPTOR-Mとも呼ばれるようになっている。 ▲2007年からテストを行なったCAESAR PIRATE タイフーンのもう一つのセンサーとしてコクピット前方左側面にPIRATEと呼ばれる装置が取り付けられている。これはPassive Infra-Red Airborne Tracking Equipment(パッシブ赤外線機上追跡装置)の略でFLIR(前方赤外線監視装置)とIRST(赤外線捜索・追尾システム)を併せ持ったシステムである。 PIRATEは3〜11μmの波長を使用した赤外線センサーを用いて航空機を捜索、追尾する装置で、レーダーのように自ら電波を出さないため、逆探知される恐れがない。標的がアフターバーナーを使用しているなど、赤外線放射の大きい場合最大で145kmで探知できるという。 複数目標追跡(MTT)、単一目標追跡(STT)、単一目標追跡識別(STTI)などの機能があり、複数目標追跡モードでは50km以内の200目標を同時識別できるといわれる。 PIRATEの出力画像はヘッドアップディスプレイやヘッドマウントディスプレイによって視界に重ねて表示したり、多機能ディスプレイに表示することが可能だ。ちなみにドイツ空軍の機体にはPIRATEは装備されていない。 ▲PIRATEのイメージ 武装 タイフーンは13の武器搭載ステーションを持ち、対空、対地、対艦兵装や増漕、各種ポッドを最大6500kg搭載可能で様々な任務に対応できるという。 空対空兵装は定番のAIM-9サイドワインダー、AIM-120AMRAAMに加え、次世代空対空ミサイルのASRAAM、IRIS-T、ミーティアの搭載が可能である。 ASRAAMとIRIS-Tはそれぞれイギリスとドイツが開発した次世代短距離空対空ミサイルで、タイフーンのヘッドマウントディスプレイとの組み合わせで非常に広範囲を攻撃することが可能となり、肩越しに攻撃することもできるという。 ミーティアはヨーロッパ共同開発の長距離空対空ミサイルで、AMRAAMと同程度のサイズながらロケットエンジンとラムジェットエンジンの併用によりマッハ4の飛翔速度と100km以上の射程を実現している。 ▲ASRAAMを発射するタイフーン イギリス防衛評価研究所(DERA)の試算では、BVR戦闘においてロシアの最新鋭戦闘機Su-35に対するキルレシオは、トップは言うまでもなくF-22で10:1だが、タイフーンは4.5:1とF-22に次ぐ高い評価を得ている。タイフーンの4.5:1と言う数値はつまり、タイフーンが1機落とされる前にSu-35を4.5機撃墜出来ているということである。 ちなみに、米国も同様のシミュレーションを行っており、ほぼ同じような結果が出ている。
▲インド空軍のSu-30MKIと英空軍のタイフーン 空対地兵装はトランシェ2以降から順次運用可能兵装を追加しており、通常爆弾はもちろんのこと、レーザー誘導爆弾やGPS誘導爆弾JDAM等の精密誘導爆弾、最大射程400kmを誇るストームシャドウ巡航ミサイル、スタンドオフディスペンサーなどのスタンドオフ兵器、その他にも対戦車ミサイルや対レーダーミサイルが運用可能になるという。 ▲レーザー誘導爆弾、AMRAAM、IRIS-Tでフル武装している。 ▲レーザー誘導爆弾ペイブウェイU(1000lb)を投下するタイフーン 固定兵装としてマウザーBK-27 27mmリヴォルバーカノンを搭載している。その名の通り拳銃のリボルヴァーのように機関部のみが回転する単砲身の機関砲で、ガス圧駆動式により毎分1700発の連射速度を持っている。 米国製戦闘機で一般的なM61バルカン砲が毎分6000発の連射速度を持つことを考えると、BK-27はかなり少なく感じるだろう。しかし、バルカン砲は構造上連射速度が安定するまでに時間が掛かるため、短時間のバースト射撃がメインの航空機では不利であり、実際BK-27が最初の0.5秒間に叩き込める弾量は、重量比でM61の2倍だという。 使用可能な弾種としては、空対空用のHE弾(榴弾)の他、対地攻撃用のAP弾(徹甲弾)、APHE弾(徹甲榴弾)、両用のSAPHE弾(半徹甲榴弾)、MP弾(多目的弾)、TP弾(訓練弾)など様々な種類の弾薬が使用可能である。 防御システム タイフーンにはDASS:Defensive Aids Sub-System(防御支援サブシステム)という自己防御システムが備わっており、これにより高い生存性を実現している。 DASSはレーダー警戒受信機(RWR)、ミサイル接近警報装置(MAW)、レーザー警戒装置(LWR)からなる警戒センサーシステムと、チャフ・フレアディスペンサー、曳航式デコイ、ECM/ESMポッドからなる対抗手段によって構成されており、それぞれがコンピュータによって管理され最適な防御手段を取ることが出来る。 ▲曳航式デコイ収容ポッド 配備 配備予定としては開発に関わっている国では、イギリスで232機、ドイツで180機、イタリアで121機、スペインで87機である。2003年8月にドイツに最初のタイフーンが引き渡され、同年にスペインにも引き渡された。2005年にはイタリア空軍の機体が初度作戦能力を得ている。2007年にはイギリス空軍に対地攻撃能力を有するトランシェ2が引き渡され同年8月にはイギリス領空に接近するロシアのTu-95を邀撃するために出撃している。 ▲英国に接近したロシアのTu-95と英空軍タイフーン また、その他の国に対してもイギリスのBAEシステムズによって世界各国への積極的な売り込みが行われている。現在ではオーストリアが15機購入し、サウジアラビアが72機、オマーンが12機を導入する予定だという。その他導入候補として挙がっている国としてはポーランド、カタール、チェコ、リビア等がある。 日本のF-X(次期主力戦闘機)候補としてもF-35やF/A-18Eなど米国機が軒を連ねる中最終選考まで残り、国内企業参画という点では最高点を獲得したが、空中給油方式の違いや性能面で劣っていたことからF-35が選定されている。当初NHKの取材に対し、BAEシステムズの副社長であるアンディー・レイサム氏により、ユーロファイターのライセンス生産を認めることや、日本独自の新たな機能の追加も可能とするなど破格の条件を提示し、さらに訪日時の記者会見では、選定された場合はブラックボックスを設けないと言う発言もしていた。 スペック
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